「わろてんか」モデル吉本せい(藤岡てん)の経歴と子供や子孫は?生涯がドラマチック!

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おはようございます!
お盆が過ぎて、ようやく夏空が帰ってきましたね!
それでも、スカッと晴れている感じはしませんが、
とりあえず、先日よりは暑いのかなって…猛暑って感じではないですね。
過ごしやすくて良いのですが^^
エアコンつけていると、なんとなく寒くて深い睡眠をとれていないようで…
毎日このところ眠い(=_=)
あくびしているのを上司に見つかって笑ってゴマかす始末です…

さて、いよいよNHK朝の連続ドラマ小説「ひよっこ」も後半の山場を感じ始めた今日このごろ。
そろそろ終わっちゃうのかな…って寂しさと同時に、
気になるのは、次の朝ドラはオモシロイのかな?ってことですね!

次作の「わろてんか」は吉本興業の創始者ともなる吉本せいさんの生涯をモデルとしたストーリーですね!
東京に住んでいると、あまりピンとこなかったのですが、
そうか、吉本興業にも創業者っているんだ!って、当たり前だけど、なんか不思議な気持ちになりました。
空前のお笑いブームと言われてだいぶ経ちますが、
吉本せいさんは、この時代の流れを作った偉大な人となるわけですね!

そう聞くといっそう興味が湧いてきて早速調べてみました!

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吉岡せいさんは明治生まれ!
まだ、日本では、着物姿で日本髪を結って歩いているのが主流で、一部ハイカラな人はドレスを着ていたそんな時代です。
テレビもない時代から芸能活動の草分け事務所を立ち上げたその数奇な運命は
確かにドラマがいっぱい詰まっているはずですね^^

簡単に吉本せいさんの経歴を紹介しましょう!

吉本勢(よしもとせい)
生年月日:1889年12月5日
没年:1950年3月14日
出身地:兵庫県明石市
1910年大阪荒物問屋の息子、吉本吉兵衛と結婚(旧姓:林)
1912年に夫婦で寄席経営を始める
1913年「吉本興業部」を設立
1924年吉本吉兵衛死去
せいの実弟林正之助、林弘高と「吉本興業名会社」「吉本興業株式会社」へと発展させる。

吉本せいさんは「わろてんか」では藤岡てんという名前で登場し、
夫の吉兵衛というのはドラマでは、北村藤吉という名前で登場します。
この人、けっこう遊び人であったようで、そこから寄席の経営に結びついたって言うから、なんていうか皮肉…
吉兵衛の生前はどちらかと言うと主導はやはりご主人の吉兵衛さんにあったようですが、
没後、せいさんがしっかり引き継いで弟たちと吉本興業を盛り立てていったサクセスストーリーでもあるわけですね!

すこし「あさが来た!」の新次郎さんとあさチャンカップルを思い出させますね^^

せいさんと吉兵衛さんの間には8人のお子さんがいらしたそうですが、
時代が時代で、それぞれみな若くしてなくなっております。

その中で、穎右(えいすけ)さんという息子さんもやはり若くして結核の為に亡くなられているのですが、
当時スーパースターだった女性、笠置シヅ子さんという歌手と熱愛し結婚を望みます。
この笠置シヅ子さんは美空ひばりさんがデビューする前に日本の芸能界でトップスターであり、
「ブギの女王」とまで呼ばれた方です!
しかし、母せいさんはこの結婚に反対、二人は別れ別れとなり穎右さんは24歳で他界してしまいます。
皮肉なことには、穎右さんが亡くなった翌月にシヅ子さんには赤ちゃんが生まれています。

なぜ、吉岡せいさんが息子穎右さんと、トップスターの笠置シヅ子さんの結婚に反対したのか理由はわかりません。
ドラマではこの辺も突っ込んで描かれるのでしょうか?

穎右さんが亡くなったあと、その子供亀井エイ子さんを吉本に引き取りたいと申し出ますが
この願いは聞かれず、穎右さんの子どもが吉本を継ぐことは無く終えました。
このあたりも、人間ドラマがつまっていそうですね…!

どんな脚本になるのか、今からとっても楽しみですね!!!

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