2.大人の発達障害とうつ夫!娘もADHD!ボーダー家族の奮闘日記^^

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こんにちは!
今日は次女が夏休みの課題のホウセンカの観察日記を付けています。
一学期の終わりに学校から持ち帰ったのですが、
水やりが3日坊主で、4日目には萎れてしまい、
茎がふにゃふにゃになって完全にしなだれていました。
慌てて水やりをさせ、どうにかシャッキっと一命をとりとめ、
それから毎日ハラハラしながら水やりを次女にやらせる母でした^^;
なんとか今日まで生き延びたホウセンカちゃんでした。
再び干からびる前に花が咲いて今が宿題のチャンス!!!
母の肩の荷もこれでようやくおろせます^^

さて、今回は、我が家のもうひとりのADHDの長女のお話です。

長女は小学校進学と共に怪しい雰囲気ありました。
いえ、その前から、片付けられない、教えたことを教えたとおりに出来ない、時間の概念が欠落している、人の声が聞こえていないほど集中してしまう、などの兆候がありました。
しかし、ワタシ自身が働きながら、看護学校に通い、新しい結婚生活にバタバタとしており逃げていた部分もあり、きちんと向き合っていませんでした。
小学校では保育園の時よりクラスメイトも少し人数が増え、同じ保育園のお友達は全くおらず、
環境の変化からとても彼女にとってはつらい時期であったと思います。
しかし、1年生のころは担任が理解あったことと、本人の精神年齢と周囲の精神年齢が大きく変わらなかったことで救われていました。

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ところが、2年、3年と学年が上がってくるに従い、周囲との差が徐々に明らかになり、
最近になって彼女がカミングアウトしたにはどうやらいじめにあっていたようです。
やっぱり、って思うんのです。それくらい、彼女は母から見ても変わっていましたから。
結局当時、薄々感じていながら守ってあげられなかった。
何度か、むすめのだらしなさ、人の話の聴き取れない不器用さについて心配になり、
しげち(我が家のADHD1号=夫)に相談したことがありました。
でも、いや、自分の子どものころと大して変わらないよ、普通だよ、と言われて。
ワタシには絶対にADHDのボーダーである核心はあったのですが、
なんとなく、私自身もその事実から逃げてしまいやり過ごしてしまった。
きちんと、もっと話し合っていたら、彼女の人生はもう少し楽であったかもしれません。
今思えば、そりゃ、しげちもADHDだったのだから、幼少期が同じようでも当たり前ですよね!
そんなわけで、結局相談所などにも足を運ばずに終わってしまいました。

中三になって、高校受験の大切な時期に入って、
あるところは成長しているのにあるところは成長していない、
障害からのアンバランスさがいよいよ実生活でもはっきりと困難さを増してきた時期でもありました。

しげちのADHD発覚はそんな時期とちょうど重なりました。
しげちは自分自身がADHDであったことを指摘され、
ようやく長女のことも理解できたみたいでした。

次は我が家のADHDの治療開始について書きますね^^

大人の発達障害とうつ夫!娘もADHD!ボーダー家族の奮闘日記^^

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